シリーズ第1部・完結 | 飲食業POSデータ標準化・25年史

競争する場所、協力する場所 ── 飲食業POSデータ標準化・25年史の結論

本シリーズではここまで4回にわたり、国内外25年におよぶ飲食業POSデータ標準化の歴史をたどってきました。標準は何度も作られ、それでも普及した標準と、普及しなかった標準がありました。その分かれ目はどこにあったのか。最終回となる今回は、これまでの歴史すべてを貫く一枚のフレームを示します。それが「協調領域」と「競争領域」という考え方です。

第1節 25年史が残した一つの問い

第1回「飲食業POSデータ標準化の25年史」では、標準が「無かった」のではなく、何度も作られたのに普及しなかったという逆説を見ました。第2回「POSログと電子レシートの違い」では、同じ取引でも目的が違えば見えるデータが違うことを整理しました。

第3回「海外標準化の25年に学ぶ」では、GS1やARTS、欧州の規制、EDIFACTといった事例から、普及する標準に共通する条件を抽出しました。そして第4回「GS1の中の成功と失敗」では、同じGS1の中でさえGTINは広く普及し、Sunrise 2027やGPCは苦戦したという事実を取り上げ、その差が「取引に必須かどうか」「ゼロから作るのか、既存を置き換えるのか」で説明できることを見ました。

これらを一つの問いに畳むと、こうなります。なぜ、ある標準は普及し、ある標準は普及しなかったのか。そして日本の飲食業は、これから何をすべきなのか。その答えが、本稿のテーマです。

第2節 答えは「どこで競い、どこで協力するか」

25年の歴史を振り返って見えてくる答えは、意外なほどシンプルです。普及した標準は、業界が「協力すべき場所」だけを標準化し、「競争すべき場所」には手を出していませんでした。この二つの領域を、本シリーズでは次のように定義します。

協調領域(pre-competitive)
データを取得し、整理し、業界共通の形に集計するまでの工程。各社が個別に苦労しても差別化にはつながらない、「一度だけ作って皆で共有すれば済む」領域です。
競争領域
整ったデータをどう使い、どんな体験・機能・サービスを生み出すか。各社が自由に競い、独自性を発揮すべき領域です。

成功した標準化に共通していたのは、協調領域に徹し、競争領域には踏み込まなかったことです。逆に、各社の競争領域にまで踏み込もうとした標準は、ほぼ例外なく反発を受けて普及しませんでした。

第3節 公共水道というたとえ

この関係は、公共水道にたとえると分かりやすくなります。水源から取水し、浄水し、各家庭の手前まで配管を引く——ここまでは社会で一度だけ作り、皆で共有するインフラです。これが協調領域にあたります。一方、蛇口をどうデザインするか、どんな流し台やキッチンを構えるか、その水で何を料理するかは、各家庭・各店が自由に競う部分です。これが競争領域です。

水道インフラが共有されているからこそ、私たちは水質や配管の安全性を毎回心配せずに、その先の調理に集中できます。ところが飲食業のデータの世界では、まだこのインフラが共有されていません。

いま飲食業界で起きているのは、キッチンメーカーが各自で水道管を引いている状態です。

本来であれば一度だけ整備すれば済むはずの「データの取得と集計」を、関わる企業が一社ずつ、別々に、何度も作り直している。これが25年間ずっと続いてきた構図でした。

第4節 だれが「水道管」を引いているのか

では、いま誰がこの水道管を背負っているのでしょうか。飲食業のデータに関わるプレイヤーを地図にすると、おおむね次のように整理できます。

プレイヤー主な役割いま背負っている負担
POSレジメーカー各社店頭での取引記録の生成メーカーごとに異なる出力形式。連携の自由度が低く、結果としてベンダーロックインの温床にもなる
集計・売上管理・基幹系ベンダー各店・各社の売上データの集計と管理POSごとにバラバラな形式を、自社で個別に取得・変換・集計し続けるコスト
下流の活用系(仕入・会員・会計・シフト勤怠・MEO 等)整ったデータを使った各種サービスそもそも整ったデータが手に入らず、入口の調達に労力を奪われる

立場は違っても、共通して苦労しているのは「データの取得と集計」という、まさに水道管の部分です。ここは差別化の源泉ではないにもかかわらず、各社が個別に負担し続けています。なお、この工程の分担構造は、製鉄業が高炉・製鋼・圧延と役割を分けて発展してきた歴史とよく似ています。その比喩は、第2部であらためて掘り下げます。

第5節 協調領域を共有すると、川下で何が花開くか

水道管が共有されると、その先では何が起きるでしょうか。安心して使える共通の素材があれば、川下のプレイヤーは「データを取りに行く苦労」から解放され、本来の競争——使い方の工夫やサービスの磨き込み——に資源を集中できます。協調領域の共有は、競争領域の多様性とイノベーションを支える土台になるのです。

これは第3回で見たGS1の成功要因とも一致します。導入したその場で見返りがあること(即効ROI)、そして使う企業が増えるほど価値が高まること(ネットワーク効果)。共通インフラが整うほど、後から参加する企業ほど大きな恩恵を受けられます。協調領域を業界で共有することは、誰かの取り分を削る話ではなく、業界全体のパイを広げる話なのです。

第6節 世界はこの「共有」をどう実装してきたか

「協調領域を業界で共有する」という発想は、日本の飲食業に限った話ではありません。海外には、すでにこの考え方を形にした先例があります。たとえば欧州自動車産業のCatena-Xは「仕様を提供する型」で、米国金融データのPlaidは「実装インフラそのものを提供する型」です。同じ協調領域の共有でも、仕様を配るだけにとどめるのか、実際にデータを変換し配信するところまで担うのかで、普及の仕方は大きく変わります。

OFSCが目指しているのは、仕様の公開にとどまらず、実際のデータ変換・配信まで担うPlaid型のアプローチです。この海外事例の詳しい比較は、第2部の海外事例編であらためて取り上げます。

第7節 第1部の結論

成功した標準化はすべて、競争領域に手を出さず、協調領域に徹していました。日本の飲食業POSも、まず「水道管」=協調領域を業界で共有することから始まります。

標準が無かったから普及しなかったのではありません。協調領域と競争領域の線引きを誤った標準が、普及しなかっただけです。データの取得から集計までを業界の共通インフラとして一度だけ整備し、その先の活用は各社が自由に競う——この線引きこそ、25年の歴史が私たちに残した結論です。分科会では、この協調領域を絵に描いた理念で終わらせず、実際に動くインフラとして実装していくことを進めています。

おわりに ── 第2部へ

そしていま、この結論の重みは増しています。AIが普及するほど、整ったデータ——すなわち「水道管から届く綺麗な水」——の価値はむしろ上がっていくからです。整っていないデータはAIにとっても扱いづらく、標準化はAIを使いこなすための前提条件になります。第2部では、このAI時代における標準化の意味を、より具体的に掘り下げていきます。

よくある質問

協調領域と競争領域は、どう違うのですか?

協調領域は、データを取得し整理し業界共通の形に集計するまでの工程で、各社が個別に作っても差別化につながらない「共有すべき」部分です。競争領域は、整ったデータをどう活用しどんなサービスを生むかという「各社が競うべき」部分です。

なぜ「データの取得・集計」が協調領域なのですか?

POSごとに形式が異なるデータを取得・変換・集計する作業は、関わる全企業が共通して負担しているにもかかわらず、そこ自体が顧客への価値や差別化を生むわけではないからです。一度だけ業界共通で整備すれば、皆がその先の競争に集中できます。

標準化すると、各社の競争力は下がりませんか?

下がりません。標準化するのはあくまで協調領域=データ取得・集計までで、その先の活用は各社が自由に競う領域として残ります。むしろ入口の負担が減るぶん、本来の競争に資源を回せるようになります。

海外に、似た取り組みはありますか?

あります。欧州自動車産業のCatena-X(仕様提供型)や、米国金融データのPlaid(実装インフラ型)が代表例です。OFSCは、実際のデータ変換・配信まで担うPlaid型を志向しています。詳しい比較は第2部で取り上げます。

OFSCは具体的に何を「協調領域」として提供するのですか?

POSレジごとにバラバラなデータフォーマットを統一する業界標準データ連携フォーマットの策定と、仕様の公開にとどまらず実際のデータ変換・配信を担う「OFSC Gateway」の実装・運用です。これにより、各社が個別に背負ってきた「水道管工事」を業界共通インフラに置き換えます。

斉田 教継 OFSC データ標準化分科会長
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